東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6580号 判決 1966年11月18日
原告 君塚田鶴
右訴訟代理人弁護士 加藤勝三
被告 藤井昇
右訴訟代理人弁護士 中野義定
同 杉本良三
同 西川茂
主文
原告の訴はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立て
原告訴訟代理人は、「訴外藤井真澄が昭和三六年六月二日被告に対してした別紙目録記載の家屋一棟の贈与契約は無効であることを確認する。
被告は別紙目録記載の家屋について東京法務局芝出張所昭和三六年六月二日受付第七二四五号をもってされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決ならびに仮執行の宣言を、
被告訴訟代理人は、本案前の申立として、「原告の請求はいずれも却下する。」
との判決を求めた。
第二当事者双方の主張
原告の主張
(請求の原因)
一 別紙目録記載の家屋一棟(以下、「本件建物」という。)は藤井真澄(以下「訴外人」という。)が建築し、昭和二六年三月一三日その保存登記を了し、右訴外人が所有して占有していたものである。
二 しかるに被告は、ほしいままに訴外人の印鑑を冒用して本件建物を自己のために贈与せしめる契約書を作成し、贈与を原因として昭和三六年六月二日訴外人より被告に本件建物の所有権移転登記をした。
三 原告と被告は、訴外人とその妻志づとの間に生まれた二人だけの実の姉弟である。
従って原告と被告とは訴外人に対する第一順位の推定相続人である。
しかして、原告にとって、本件建物の贈与の効果の有効、無効は将来相続開始せられたときに重大な利害関係を生ずる。
四 よって原告は、本件建物の贈与が無効であることの確認を求めるとともにその所有権取得登記の抹消登記手続を求める。
被告の主張
(本案前申立の理由)
一 本訴請求のうち贈与無効確認請求については、原告には確認の利益なし。
原告が、被告と共に訴外人に対する第一順位の推定相続人であることは認めるが、確認の訴を提起するためには、即時確定の利益が存在する場合、即ち現に原告の有する権利又は法律的地位に危険または不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許されるものであるところ、推定相続人は、将来相続開始の際、被相続人の権利義務を包括的に承継すべき期待権を有するだけであって、現在においては、いまだ当然には被相続人の個々の財産に対して権利を有するものではない。それ故、単に被相続人たる訴外人の所有に属する本件建物について、たとえ原告主張のような贈与・登記がなされたとしても、法律上は、現に原告の権利または法律的地位に危険または不安が生じ、確認判決をもってこれを除去するに適する場合であるとはいいがたく、原告が本件建物の贈与に関して即時確定の利益を有するものとは解せられない。
二 本訴請求のうち所有権取得登記の登記抹消手続請求については、原告に訴訟追行権がない。
1 原告の主張によれば、本件建物の所有権取得登記につきその抹消登記手続を請求しうる権利者は、右登記の登記義務者となった訴外人であって、原告ではない。
2 本訴請求によって原告が訴外人に代位して本件建物の所有権取得登記の登記抹消登記手続を請求するものとすれば原告は、訴外人に対して代位しうるための債権等代位しうる権利として相当な権利がなければならない。
しかるに、原告は、単に訴外人の推定相続人たる期待権を有すると主張するだけであって他に訴外人に対し、代位しうる権利を有するとの主張はないのであるから、原告は、本件登記の抹消登記手続を求めるにつき訴訟追行権能を有しない。
三 よって原告は、本訴請求について審理を求めることは許されず、本訴請求はいずれも却下されるべきである。
理由
一 原告の請求のうち、本件建物の贈与無効確認の請求につき、被告は確認の利益がない旨を申立てる。
確認の訴は、即時確定の利益が存する場合、即ち現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険または不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許されるところ、推定相続人は、単に将来相続の際、被相続人の権利義務を包括的に承継すべき期待権を有するだけで、被相続人死亡以前においては、未だ当然には、被相続人の個々の財産に対し権利を有するものではない。
これを本件についてみるに、原告は、本件確認の利益あることの理由として原告は被告とともに被相続人の第一順位の推定相続人であると主張し、右は被告も認めるところであるが、被相続人たる訴外人の所有に属する本件建物について、たとえ原告主張のこどき贈与を理由とする登記がなされたとしても法律上は、未だ現在において原告の権利または法律的地位に危険または不安が生じ、確認判決をもってこれを除去するに適する場合であるとはいい難く、訴外人の本件建物の贈与に関し即時確定の利益を有することの理由につき他に主張がない以上、原告の本訴請求中、確認請求の部分は実体的訴訟要件を欠くものとして棄却を免れない。
二 所有権取得登記の抹消登記手続の請求についてみるに、原告の主張するところは、本件建物は訴外人から被告に対し贈与を原因として所有権移転登記がなされているが、右は被告が権限なくほしいままにしたもので無効であるというにある。してみると本件抹消登記手続を求めうる者は訴外人または訴外人に代位しうる権利を有する者でなければならぬ。
しかるに本訴請求においては、原告が訴外人に代位しうる権利と主張するところは訴外人の推定相続人の一人としての地位、いわば相続しうる期待権ともいうべきものと解されるところ、右のような期待権を有するというだけでは、いまだ原告において訴外人に代位しうる権利ありということはできず、原告が訴外人に代位しうる権利について他に主張がない本件においては、原告の被告に対する抹消登記手続請求は理由なきものとして棄却せざるを得ない。
三 以上の理由により原告の請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡成人)